トップ 差分 索引 一覧 Farm ソース 検索 ヘルプ RSS ログイン

貞享騒動

安曇野の風景と暮らし.lw


Topページ | 最新の日記 | 過去の日記 | お知らせ



貞享騒動

背景

  • 松本藩主 水野忠直は江戸に参勤中
    • 松本藩主水野家(→松本城
      1. 水野忠清(1582年〜1647,06,30)
      2. 水野忠職
      3. 水野忠直
      4. 水野忠周
      5. 水野忠幹(1699,06,02〜1723,06,12)
      6. 水野忠恒(1701,09,08〜1739,08,02)
  • 凶作にもかかわらず、家老らは年貢の増量を決定(他藩では据え置き)

経過

  • 1686年(貞享3年)

10,10

  • 中萱(安曇野市三郷)の多田加助らは、中萱にある熊野神社で年貢増量への対応を協議
    • 小穴善兵衛の娘 しゅん(おしゅん、16歳)が馬で駆け巡り連絡役をはたしたとされる
    • 小穴善兵衛は参謀的な存在
  • 多田加助は妻に離縁状を渡す←日時は不明
    • 農民が奉行に直接訴えを起こすことは、たとえそれが聞き入れたとしても有罪
    • 罪が家族に及ばないようにとの配慮

10,14

  • 以下の五ケ条の要望を記した訴状を郡奉行に提出
    1. のぎふみ磨きを取りやめること
      • 籾(もみ)に付いている毛(のぎ)を取り除いてから、俵に詰めるようにとの命令
      • のぎふみ磨きは、農機具が発達していなかった当時、農民にとって大きな労働負担となった
      • のぎを取った分だけ俵にはたくさん籾を入れる必要がある
    2. 年貢を他藩並みの二斗五升挽きに据え置くこと
      • 松本藩では、すでに三斗挽きの重税だった
      • 二斗五升挽き・・・玄米にして二斗五升取れる分量の籾を俵に詰めること
      • 松本藩はこれまでの三斗挽きから、さらに三斗五升挽きに引き上げることを命令した
    3. 年貢として収める大豆の評価を上げること
    4. 米の運搬は藩境までとすること
    5. 藩が雇った労働者への賃金未払い問題を解決すること
  • 近隣の村々から農民達が松本城下に集まり始める

10,16

  • 松本藩は、郡奉行名で現行の三斗挽き据え置きを認める覚書を発行
  • 二斗五升挽きを目標とする多田加助らは納得せず

10,18

  • この日が、10,16だとする説も
  • 松本藩は、家老名で多田加助らの要求を認める覚書を発行
  • 城下に集まっていた農民約1万名は解散する
  • 夜、松本藩は多田加助らを拘束し、藩発行の覚書を回収

11,22

  • 多田加助らの処刑が行われる
    • 取り調べは一度も行われなかった
    • 磔・・・8名
    • 獄門・・・20名
  • 刑場
    • 出川(松本市出川)・・・筑摩郡出身者を処刑
    • 勢高(松本市宮渕)・・・安曇郡出身者を処刑
      • 勢伊多賀神社が地名の由来?

関係者

鈴木伊織

  • 松本藩の武士
  • 貞享騒動当時、江戸に居た
    1. 藩主水野忠直に多田加助らの助命を嘆願
      • 水野忠直は家老達が年貢を増やしたことを知らなかった(とされる)
      • 忠直は多田加助らを単に暴徒と見なし、処刑することに同意していた
    2. 水野忠直は鈴木伊織の意見を聞き入れて、処刑中止の書状を鈴木伊織に渡す
    3. 鈴木伊織は馬で松本に向かうが、処刑に間に合わなかった
  • 墓は龍興寺(松本市中央)にある

category

[長野県,安曇野,事件,歴史]

関連ページ

安曇野三郷大樋銀山松本城

運営サイト内検索


このページの最終更新日時

  • 2008年07月29日 13時38分27秒

このページのアクセス数(2006,08,01 設置→Wiki設置&設定

  • 1