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八面大王

安曇野の風景と暮らし.lw


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八面大王

伝説(=大和朝廷側の見方)

伝説の八面大王

  • 有明山山麓の「宮城」と名付けた城に住む

坂上田村麻呂による退治

  • 東北征伐に向かう途中の坂上田村麻呂(758〜811)が、八面大王の退治にやってくる
  • 退治には、「三十三節ある山鳥の尾」で作った弓矢が必要とのお告げ
    • このお告げがあったのが、後の尾山満願寺だとする説もある
  • 弥助の嫁(ヤマドリの化身)が、「三十三節ある山鳥の尾」を提供
  • 弥助が弓矢を作って坂上田村麻呂に差し出す
    • 「矢村」という地名
  • 中房川上流の沢で戦闘
    • 「合戦沢」、「合戦尾根」、「合戦小屋」という地名&名称
  • 矢を胸に受けた八面大王の血が雨となり、それを浴びた農民達が病気に
    • 坂上田村麻呂は、尾山満願寺を建てて祈祷
    • お告げで中房温泉を教えられ、農民達の病気の治癒へ
      • 実際には、1821年に百瀬茂八郎が湯治場を建設したのが始まり

八面大王の遺体

別の八面大王イメージ

坂上田村麻呂による東北征伐

  • 信濃国を足掛かりとして、貢ぎ物など地元民に多くの負担を強いていた

魏石鬼八面大王

  • 地元民を救済するために坂上田村麻呂軍に戦いを挑む
  • 敗れたものの、安曇野のために政府軍と戦った勇者

その他の関連する場所

八女大王

  • 「やめのおおきみ」
  • 卑弥呼の後裔とされる?
  • 「八女大王」が転訛して「八面大王」になったとする説

筑紫君葛子

  • 「つくしのきみくずこ」
  • 筑紫の有力者、磐井の子
  • 「八女大王」の称号を引き継ぐ、「八女王葛子」とも
    • 磐井の乱(527or528)での敗北後、土地をヤマト政権に渡すことで死罪を免れた
    • その他の説
      • 磐井の乱で敗れ、日本海を北上し安曇野に逃れた?→後に安曇族は大町を拠点とする仁科氏に滅ぼされる
  • 八面大王=「八女大王」(筑紫君葛子)では、坂上田村麻呂(758〜811)の八面大王退治とは年代が合わない

安曇族北上

要因

  • 磐井の乱(527or528)での敗北
  • 白村江の戦い(663)での敗北(安曇比羅夫の戦死?)

関連

  • 綿津見神(綿津見三神)と住吉三神
    • 同時期に福岡で生まれたにもかかわらず、綿津見神は福岡に居残り、住吉三神は畿内へ移動
    • 安曇族が権力の中枢から外されたことを示す?

日記

category

[安曇野,安曇族,伝説,長野県]

関連ページ

穂高有明山神社安曇野坂上田村麻呂山岳

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このページの最終更新日時

  • 2008年07月29日 13時39分10秒

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